ひかりのくに

それがどれだけ人工的なものだと分かっていても、私は夜景が好きでした。

空から見降ろす無数の町灯りは、人間の営みさえ抽象化し、たまらないいとしおしさを感じさせてくれます。

同様に、プラネタリウムも。投影された夜空にまたたく無数の星々は、そのすべてが作りものだと知っていてもなお、私たちを遥か上空100キロメートルの宇宙へと連れて行ってくれるからです。

美しく幻想的な景色は、どこか壊れてしまいそうな儚さをはらんでいます。

投影された夜空の星はスイッチを押せば何度でも再生出来るけれど、本当の現実は、同じ景色はもう二度と訪れません。私たちはそのことを無意識に感じとっているからでしょうか。

同じ時間にはもう戻れないからこそ、『永遠』なんて言葉に人は憧れずにはいられないのかもしれませんね。

色あせて、過去のものになってしまうことを恐れて。たとえば「また会おうね」と、言葉や約束にすがるのでしょう。

写真にいまの一瞬を切り取って。

星は、何億年も前に放った光が、きょう降り注いでいるそうです。

液晶画面をいじる手を止めて、ふと見上げます。ときには田舎道の澄み切った夜空を。はたまた、プラネタリウムのうつくしい虚像を。窓の外に映る、町明かりのきらめきを。

宇宙を旅したそれぞれの星の歴史が、いま私たちを見降ろしています。

『ひかりのくに』おわり.


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