彼方の秋

いま、お盆を過ぎた信州の畑道を歩いています。

カナカナカナ…と静かに音を立てるひぐらしの声がなんとも切なく、どこかノスタルジックです。

9月の声を聞くと、ここ信州は、最も暑い時期を去ったなと感じます。

もっと正確に言えば、摂氏35度のうだるようなあの暑さはもうやってこないということです。

日照時間は毎日ぐんぐん短くなっているし、気持ちのなかではもう秋めいているんですね。

今年はとても雨の多い夏でした。おなかをすかせた不機嫌な、黒いムースが山からおりてきて、あちこちの地域に大雨を。

ざあざあと降りやまない様子の雨を、みんなが見守っています。学校の窓から、車窓から、雨傘の下から、バスの停留所から。

いつか虹がかかったとき、着信したメールで頭上のそれに気が付きました。

目の前の美しい風景に、下を向いて画面に夢中になっていた私は気が付くこともなかったのです。自分を恥じ、同時に、何気ないことをメールしてくれる人がいることに幸せを感じました。

いまの空は茜色。遠くに飛行機雲が伸びています。まだまだ残暑は厳しいものの、秋の気配はひっそりと近づいているのでしょう。

秋は、こんなに美しいのに、なぜか人の気持ちを焦らせます。冷たいアイスキャンディーにかじりつき、お祭りの喧騒を遠くに聞いたあの暑い夏が、あっという間に過ぎ去ってしまったからでしょうか。それとも、長く底冷えする冬がいずれ姿を現すからでしょうか。

冷たい風が人々の背を丸めさせ、きらめく電色が鮮やかに街を彩る頃には、もう気持ちが落ち着くというのに……そして私は、そんな秋の気配が好きです。

いつの間にか遠い彼方へ流れていく時を、めぐる季節で確かに感じることができる。自然とは、何と粋なはからいをするのだろうと思います。

一年に一度、名残惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり会えるのか。大好きな両親、祖父母、愛する恋人、……つまりは大切な人たちと、あと何度同じ季節を過ごせるのでしょう。

その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません。

『彼方の秋』おわり.

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※敬愛する写真家・星野道夫氏による編著『旅をする木』より、一部の表現を参考にさせて頂きました。

『自作ノベル』のトピックにご訪問いただきありがとうございます。
恥ずかしながら、管理人の私小説を掲載しています。
すべて一話完結、読み切りです。


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